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ダラダラと好き勝手に遊ぶ

「趣味なんてこの程度でいいんじゃない?」とユルく生きてみる

子供っぽい

時事

「子供っぽい」「青臭い」というのは悪い意味ばかりではないと思う。

むしろ、大人になって妥協や諦めを覚えた方が汚れていると思えることもある。

 

一度の住民投票で思い通りに行かなかったからといって全てを諦め、投げ出す。でもやっぱり思い直して、以前の仲間を批判する。

ある意味、彼の子供じみた純粋さの表れだと思う。彼には腹黒い私利私欲ではなく本当に言ったままの事を考えているのかもしれないという信用は持てる。

 

だが一方で、彼に付いていく方は大変だ。彼の思想に賛同して集まってみたら、突然投げ出して「や~めた」。どうしようか、まぁ彼抜きでも活動していこうとしていたら、突然対抗勢力として現れて「あいつらはニセモノだ」とか言い始める。こりゃ~タマランよね。子供の純粋さが、思慮の低さや自制の弱さに出ちゃってる。

 

例えばさ、代々続く納豆屋があったとして。長男坊が「納豆屋なんかやめた」と言い残して家出したとしようか。次男が家業を継いで経営を始めた途端、長男が別の納豆屋を始めて「あっちはニセモノ。俺こそが跡継ぎの長男!」とか名乗り始めたら、「はぁ?」と思うよね。

 

正直言うとさ、ただ純粋な理想と正義だけを信じて「友愛」とかやっちゃったらどうなるか、それは一度見ちゃってるからねー……純粋な『だけ』ではダメだよなー。